つなごう明日へ
光らせよう個々の力!

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当社は2019年7月13日に
お陰様で創立70周年を迎えました。
ここまで歩んでくることができましたのは、
お客様のご愛顧、ご支援、ご指導の賜物であり、
それに育てられた社員・諸先輩方の
努力の結実であると考えます。
改めて感謝を申し上げますとともに、より一層お客様にご愛顧いただけるよう、抽出に夢を託し、
これからも自然の恵みを大切に、
美と健康、感動をお届けできるよう、
抽出道を究めて参る所存です。

Our History

19382019

  • MARUZEN進化論1

    抽出創始の
    時代

  • 1938

    丸善商会発足
    甘草エキスの製造を開始

    創業者の日暮喜八は、大阪の薬種商から誘いを受け、甘草エキス事業の創業を決意する。1938(昭和13)年に広島県御調郡向島西村有井(現・尾道市向島町有井)の醤油醸造工場跡に「丸善商会」を設立。集ったメンバーは、日暮を含め、5人。甘草を煮出す釜は3石(540リットル)入りの三州釜がひとつだけ。生産したエキスは静岡以東、関東一円の醤油醸造家へ直接販売して回った。

  • 1942

    戦時統制下に
    朝鮮甘草工業設立

    第二次世界大戦の勃発で、輸入甘草は農林省令で「統制」となる。危機に立たされた日暮喜八は、朝鮮甘草工業株式会社の設立に参加。甘草の輸入の途絶えた内地市場に向けて固形の甘草エキスを生産した。

  • 70年の歴史スタート

    1949

    丸善化成株式会社
    を設立

    丸善商会は丸善化学工業所と改称。戦後の経済回復に伴って世の中が「作れば売れる」市場環境になっていくなか、1949(昭和24)年にこれを発展的に解消して、丸善化成株式会社を設立。町工場から脱皮し、会社法人としてカラメル製造で再スタートを切った。

  • 1950

    戦後初の甘草エキス
    製造開始

    戦争により甘草が入手できなくなる中で事業の支えとなったのはカラメル製造だったが、日本の貿易が再開されると日暮喜八はさっそく甘草エキスの製造再開を決意した。当時好調だったカラメルの製造を中止し、甘草エキスを生産するという決断には反対もあったが、結果的に日暮の読みは当たる。その後カラメルメーカーが過当競争を繰り広げる中で、丸善化成は独自の道を歩むことができた。「宝甘味」と「徳用甘味」が当時のブランド名だった。

  • MARUZEN進化論2

    用途探求の
    時代

  • 1952

    向島東村
    (現本社工場)に移転

    1952(昭和27)年に本社を旧尾道市街対岸の御調郡向島東村字沖彦ノ上(現在本社地・尾道市向東町)に移転。敷地は575坪(約1,900平方メートル)、価格は90万円だった。

  • 1958

    高純度なグリチルリチン酸の
    製造に成功

    日暮喜八はある薬学博士との出会いから、甘草から抽出されるグリチルリチンを薬品メーカー向けに販売できないかと考える。しかし、当時の製品は薬品に使用するには純度が低く使い物にならなかった。そこで数年にわたり精製方法の研究に取り組んだ結果、1958(昭和33)年に高純度なグリチルリチン酸、グリチルレチン酸の製造に成功した。

  • 1959

    丸善化成で医薬品の
    製造販売を開始

    高純度なグリチルリチン酸、グリチルレチン酸を用いた医薬品メーカー向け製品、またリコレックス、リコレックスPについて、1959(昭和34)年3月に厚生大臣から承認許可を受け製造販売を開始した。

  • 1959

    甘草エキスNo.2納入開始

    甘草エキスの用途の一つであるタバコ用フレーバーとしての利用について、丸善化成は日本専売公社中央研究所での開発に協力し、同年12月から特殊処理甘草エキスNo.2を納入開始した。

  • MARUZEN進化論3

    事業拡大の
    時代

  • 1963

    旧丸善製薬株式会社を設立
    尾道第一工場完成(後の尾道西工場)

    医薬業界向けの事業をさらに推し進めるべく、1963(昭和38)年2月28日に医薬品の製造工場として尾道市吉和西元町に尾道第一工場を完成させた。また同時に、丸善化成の東京営業所に本社を置く丸善製薬株式会社を設立。医薬品についての専門的な知識をもつ人材を社内で育て上げ、研究に取り組む体制を整えた。医家向けに的を絞り、注射や点眼薬に力点を置いた。

  • 1965

    グリチルリチン酸ジカリウムの
    製造承認を厚生大臣から受ける

    旧丸善製薬では1965(昭和40)年にグリチルリチン酸ジカリウム、翌年にはグリチルリチン酸、グリチルリチン酸モノアンモニウム、グリチルレチン酸の製造承認を相次いで受けた。同時に丸善化成では、グレードの異なる医薬品原料として販売し、市場創造の面で大きな役割を果たした。

  • 1977

    丸善化成がステビアの
    抽出をスタート

    オイルショック後の1975(昭和50)年、高甘味度甘味料のステビアが市場に登場。丸善化成はこのときすでに新しい甘味料のステビアに注目していた。原料調達の難しさが課題だったが、南九州で栽培できると判明し、日暮兵士郎はステビオサイドに取り組む決意をした。そして1977(昭和52)年にステビアの抽出をスタートした。

  • 1979

    旧丸善製薬が
    化粧品製造業許可を取得

    1979(昭和54)年に化粧品製造業の業態許可を取得。医薬品以外に事業の幅を広げる活動を開始した。

  • 1980

    旧丸善製薬が
    医薬部外品
    製造業許可を取得

    甘草以外に事業の幅を広げていくため、医薬部外品製造業許可を取得し、生薬エキス分野に参入した。

  • 1983

    旧丸善製薬が手がけた最初の
    生薬エキスとなるセンブリエキスを製造

    化粧品メーカーからの要望に応え、センブリエキスを初納入。以降、申請ノウハウや許認可実績を積み重ね、医薬品以外の新しいマーケットを開いていった。

  • 1985

    三次工場竣工

    本社工場にあった多目的抽出装置が牡蠣エキスの製造でキャパシティ不足を来たしたこと、また「脱甘味の専用工場」としてキラヤサポニン、サンカノンなどの生産を担う工場として新たな設備が必要となり、三次工業団地に工場を建設した。水資源に恵まれていることも理由の一つだった。

  • 1989

    豪州フィンレーに
    甘草栽培を目的とする
    ループラン社を設立

    原料調達の危機に備え、バイオテクノロジーによって甘草の優良株を栽培し、グリチルリチンを安定的に確保することを計画。そのため1984(昭和59)年に松永工場内に種苗センターを設置。1989(平成1)年には甘草を栽培するために、オーストラリアに土地を取得し、現地法人ループラン(ROOPRUN)社を設立した。

  • 1991

    両丸善の合併

    両丸善の発展的統一のため合併契約を締結。

  • 1994

    CP事業を推進

    1990(平成2)年に重点指針として川下作戦の展開が謳われ、消費者向け商品(Consumer Products)を扱うことに。
    1994(平成6)年に発売された尾道健膳館シリーズの薬膳スープを突破口として徐々に事業を拡大していった。

  • MARUZEN進化論4

    価値共創の
    時代

  • 2000

    総合研究所の設置

    広島県芦品郡新市町(現・福山市新市町)にそれまで各工場に分散していた研究開発部門の集約が図られ、2000(平成12)年にまず基礎研究と企画系のグループ、翌2001(平成13)年に食品と薬粧の開発、品質保証のグループが合流することにより、丸善製薬の研究・開発が総合された「総合研究所」として新たに産声をあげた。

  • 2001

    特販営業部を設立
    健康食品OEM事業への進出

    販社に直接提案を行っていたため、一部の販社から「末端製品に仕上げて納入してほしい」という要望が少しずつ入るようになっていた。市場での健康食品ブームもあり、特販営業部を新設。原料バルクとは異なり、社内のルールなどが何も整備されてない中でのスタート。苦労も多かったが、原料を採用するお客様の立場で原料を見た経験が、現在の丸善製薬の提案の中に生きている。

  • 2005

    新尾道工場竣工

    2000年代に入り生薬エキスの需要が伸びて行く中、尾道西工場は設備の老朽化とキャパシティ不足が目立ち始めたことから、尾道流通団地に新尾道工場を建設した。少量多品種生産を目指し「コンビニエンスファクトリー」というコンセプトを掲げた。

  • 2007

    丸善貿易(上海)有限公司の開設

    中国における販売と調達の両方を活性化させるため、新たな拠点づくりを検討。およそ半年の準備期間を経て、2007(平成19)年4月、上海市にて現地法人「丸善貿易(上海)有限公司」をスタートさせた。

  • 2007

    久井ファームの開設

    2001(平成13)年に発足した「グリーン作戦プロジェクト」で、植物エキスの抽出残渣の処理が重要なテーマと位置付けられた。そこで抽出残渣や汚泥を発酵させ、堆肥化して自社農場で有用植物を栽培する際に用いることができれば、植物エキスの抽出事業において循環サイクルを実現するという構想を打ち立て、2007(平成19)年に自社農地を確保し、久井ファームをスタートさせた。

  • 2016

    ブラックジンジャーの
    機能性表示食品届出受理

    「中高年の歩行機能の維持」の訴求内容で丸善製薬として初めて消費者庁への届出が受理された。その後も2018(平成30)年に「脂肪を消費しやすくする」、2019(平成31)年に「腹部の脂肪を減少する」内容で相次いで機能性表示が可能になり、ブラックジンジャーの今後さらなる広がりが期待される。

  • 2016

    丸善化粧品原料セミナー初開催

    世界で通用する化粧品原料を提供するという使命のもと、お客様に直接情報発信を行い、関係強化を図るため、初めて化粧品原料のセミナーを開催。前例のない取り組みのため、集客面などで不安があったが、「これからの化粧品を考える」というテーマに対し、多くのお客様がご参加いただき、大盛況となった。

  • MARUZEN 進化論 1
  • 抽出創始の
    時代

  • 創業者の日暮喜八は、大阪の薬種商から誘いを受け、甘草エキス事業の創業を決意する。1938(昭和13)年に広島県御調郡向島西村有井(現・尾道市向島町有井)の醤油醸造工場跡に「丸善商会」を設立。集ったメンバーは、日暮を含め、5人。甘草を煮出す釜は3石(540リットル)入りの三州釜がひとつだけ。生産したエキスは静岡以東、関東一円の醤油醸造家へ直接販売して回った。

  • 1938

    丸善商会発足
    甘草エキスの製造を開始

    創業者の日暮喜八は、大阪の薬種商から誘いを受け、甘草エキス事業の創業を決意する。1938(昭和13)年に広島県御調郡向島西村有井(現・尾道市向島町有井)の醤油醸造工場跡に「丸善商会」を設立。集ったメンバーは、日暮を含め、5人。甘草を煮出す釜は3石(540リットル)入りの三州釜がひとつだけ。生産したエキスは静岡以東、関東一円の醤油醸造家へ直接販売して回った。

  • 1942

    戦時統制下に
    朝鮮甘草工業設立

    第二次世界大戦の勃発で、輸入甘草は農林省令で「統制」となる。危機に立たされた日暮喜八は、朝鮮甘草工業株式会社の設立に参加。甘草の輸入の途絶えた内地市場に向けて固形の甘草エキスを生産した。

  • 第二次世界大戦の勃発で、輸入甘草は農林省令で「統制」となる。危機に立たされた日暮喜八は、朝鮮甘草工業株式会社の設立に参加。甘草の輸入の途絶えた内地市場に向けて固形の甘草エキスを生産した。

  • 丸善商会は丸善化学工業所と改称。戦後の経済回復に伴って世の中が「作れば売れる」市場環境になっていくなか、1949(昭和24)年にこれを発展的に解消して、丸善化成株式会社を設立。町工場から脱皮し、会社法人としてカラメル製造で再スタートを切った。

  • 70年の歴史スタート

    1949

    丸善化成株式会社を
    設立

    丸善商会は丸善化学工業所と改称。戦後の経済回復に伴って世の中が「作れば売れる」市場環境になっていくなか、1949(昭和24)年にこれを発展的に解消して、丸善化成株式会社を設立。町工場から脱皮し、会社法人としてカラメル製造で再スタートを切った。

  • 1950

    戦後初の甘草エキス
    製造開始

    戦争により甘草が入手できなくなる中で事業の支えとなったのはカラメル製造だったが、日本の貿易が再開されると日暮喜八はさっそく甘草エキスの製造再開を決意した。当時好調だったカラメルの製造を中止し、甘草エキスを生産するという決断には反対もあったが、結果的に日暮の読みは当たる。その後カラメルメーカーが過当競争を繰り広げる中で、丸善化成は独自の道を歩むことができた。「宝甘味」と「徳用甘味」が当時のブランド名だった。

  • 戦争により甘草が入手できなくなる中で事業の支えとなったのはカラメル製造だったが、日本の貿易が再開されると日暮喜八はさっそく甘草エキスの製造再開を決意した。当時好調だったカラメルの製造を中止し、甘草エキスを生産するという決断には反対もあったが、結果的に日暮の読みは当たる。その後カラメルメーカーが過当競争を繰り広げる中で、丸善化成は独自の道を歩むことができた。「宝甘味」と「徳用甘味」が当時のブランド名だった。

  • 1952(昭和27)年に本社を旧尾道市街対岸の御調郡向島東村字沖彦ノ上(現在本社地・尾道市向東町)に移転。敷地は575坪(約1,900平方メートル)、価格は90万円だった。

  • 1952

    向島東村
    (現本社工場)に移転

    1952(昭和27)年に本社を旧尾道市街対岸の御調郡向島東村字沖彦ノ上(現在本社地・尾道市向東町)に移転。敷地は575坪(約1,900平方メートル)、価格は90万円だった。

  • MARUZEN 進化論 2
  • 用途探求の
    時代

  • 日暮喜八はある薬学博士との出会いから、甘草から抽出されるグリチルリチンを薬品メーカー向けに販売できないかと考える。しかし、当時の製品は薬品に使用するには純度が低く使い物にならなかった。そこで数年にわたり精製方法の研究に取り組んだ結果、1958(昭和33)年に高純度なグリチルリチン酸、グリチルレチン酸の製造に成功した。

  • 1958

    高純度なグリチルリチン酸の
    製造に成功

    日暮喜八はある薬学博士との出会いから、甘草から抽出されるグリチルリチンを薬品メーカー向けに販売できないかと考える。しかし、当時の製品は薬品に使用するには純度が低く使い物にならなかった。そこで数年にわたり精製方法の研究に取り組んだ結果、1958(昭和33)年に高純度なグリチルリチン酸、グリチルレチン酸の製造に成功した。

  • 1959

    丸善化成で医薬品の
    製造販売を開始

    高純度なグリチルリチン酸、グリチルレチン酸を用いた医薬品メーカー向け製品、またリコレックス、リコレックスPについて、1959(昭和34)年3月に厚生大臣から承認許可を受け製造販売を開始した。

  • 1959

    丸善化成で医薬品の
    製造販売を開始

    高純度なグリチルリチン酸、グリチルレチン酸を用いた医薬品メーカー向け製品、またリコレックス、リコレックスPについて、1959(昭和34)年3月に厚生大臣から承認許可を受け製造販売を開始した。

  • 1959

    甘草エキスNo.2
    納入開始

    甘草エキスの用途の一つであるタバコ用フレーバーとしての利用について、丸善化成は日本専売公社中央研究所での開発に協力し、同年12月から特殊処理甘草エキスNo.2を納入開始した。

  • 1959

    甘草エキスNo.2
    納入開始

    甘草エキスの用途の一つであるタバコ用フレーバーとしての利用について、丸善化成は日本専売公社中央研究所での開発に協力し、同年12月から特殊処理甘草エキスNo.2を納入開始した。

  • 1963

    旧丸善製薬株式会社を
    設立
    尾道第一工場完成
    (後の尾道西工場)

    医薬業界向けの事業をさらに推し進めるべく、1963(昭和38)年2月28日に医薬品の製造工場として尾道市吉和西元町に尾道第一工場を完成させた。また同時に、丸善化成の東京営業所に本社を置く丸善製薬株式会社を設立。医薬品についての専門的な知識をもつ人材を社内で育て上げ、研究に取り組む体制を整えた。医家向けに的を絞り、注射や点眼薬に力点を置いた。

  • 医薬業界向けの事業をさらに推し進めるべく、1963(昭和38)年2月28日に医薬品の製造工場として尾道市吉和西元町に尾道第一工場を完成させた。また同時に、丸善化成の東京営業所に本社を置く丸善製薬株式会社を設立。医薬品についての専門的な知識をもつ人材を社内で育て上げ、研究に取り組む体制を整えた。医家向けに的を絞り、注射や点眼薬に力点を置いた。

  • 旧丸善製薬では1965(昭和40)年にグリチルリチン酸ジカリウム、翌年にはグリチルリチン酸、グリチルリチン酸モノアンモニウム、グリチルレチン酸の製造承認を相次いで受けた。同時に丸善化成では、グレードの異なる医薬品原料として販売し、市場創造の面で大きな役割を果たした。

  • 1965

    グリチルリチン酸ジカリウムの製造承認を
    厚生大臣から受ける

    旧丸善製薬では1965(昭和40)年にグリチルリチン酸ジカリウム、翌年にはグリチルリチン酸、グリチルリチン酸モノアンモニウム、グリチルレチン酸の製造承認を相次いで受けた。同時に丸善化成では、グレードの異なる医薬品原料として販売し、市場創造の面で大きな役割を果たした。

  • MARUZEN 進化論 3
  • 事業拡大の
    時代

  • オイルショック後の1975(昭和50)年、高甘味度甘味料のステビアが市場に登場。丸善化成はこのときすでに新しい甘味料のステビアに注目していた。原料調達の難しさが課題だったが、南九州で栽培できると判明し、日暮兵士郎はステビオサイドに取り組む決意をした。そして1977(昭和52)年にステビアの抽出をスタートした。

  • 1977

    丸善化成がステビアの
    抽出をスタート

    オイルショック後の1975(昭和50)年、高甘味度甘味料のステビアが市場に登場。丸善化成はこのときすでに新しい甘味料のステビアに注目していた。原料調達の難しさが課題だったが、南九州で栽培できると判明し、日暮兵士郎はステビオサイドに取り組む決意をした。そして1977(昭和52)年にステビアの抽出をスタートした。

  • 1979

    旧丸善製薬が
    化粧品製造業許可を取得

    1979(昭和54)年に化粧品製造業の業態許可を取得。医薬品以外に事業の幅を広げる活動を開始した。

  • 1979(昭和54)年に化粧品製造業の業態許可を取得。医薬品以外に事業の幅を広げる活動を開始した。

  • 1980

    旧丸善製薬が医薬部外品
    製造業許可を取得

    甘草以外に事業の幅を広げていくため、医薬部外品製造業許可を取得し、生薬エキス分野に参入した。

  • 1980

    旧丸善製薬が医薬部外品
    製造業許可を取得

    甘草以外に事業の幅を広げていくため、医薬部外品製造業許可を取得し、生薬エキス分野に参入した。

  • 1983

    旧丸善製薬が
    手がけた最初の
    生薬エキスとなる
    センブリエキスを製造

    化粧品メーカーからの要望に応え、センブリエキスを初納入。以降、申請ノウハウや許認可実績を積み重ね、医薬品以外の新しいマーケットを開いていった。

  • 化粧品メーカーからの要望に応え、センブリエキスを初納入。以降、申請ノウハウや許認可実績を積み重ね、医薬品以外の新しいマーケットを開いていった。

  • 本社工場にあった多目的抽出装置が牡蠣エキスの製造でキャパシティ不足を来たしたこと、また「脱甘味の専用工場」としてキラヤサポニン、サンカノンなどの生産を担う工場として新たな設備が必要となり、三次工業団地に工場を建設した。水資源に恵まれていることも理由の一つだった。

  • 1985

    三次工場竣工

    本社工場にあった多目的抽出装置が牡蠣エキスの製造でキャパシティ不足を来たしたこと、また「脱甘味の専用工場」としてキラヤサポニン、サンカノンなどの生産を担う工場として新たな設備が必要となり、三次工業団地に工場を建設した。水資源に恵まれていることも理由の一つだった。

  • 1989

    豪州フィンレーに
    甘草栽培を
    目的とする
    ループラン社を設立

    原料調達の危機に備え、バイオテクノロジーによって甘草の優良株を栽培し、グリチルリチンを安定的に確保することを計画。そのため1984(昭和59)年に松永工場内に種苗センターを設置。1989(平成1)年には甘草を栽培するために、オーストラリアに土地を取得し、現地法人ループラン(ROOPRUN)社を設立した。

  • 原料調達の危機に備え、バイオテクノロジーによって甘草の優良株を栽培し、グリチルリチンを安定的に確保することを計画。そのため1984(昭和59)年に松永工場内に種苗センターを設置。1989(平成1)年には甘草を栽培するために、オーストラリアに土地を取得し、現地法人ループラン(ROOPRUN)社を設立した。

  • 両丸善の発展的統一のため合併契約を締結。

  • 1991

    両丸善の合併

    両丸善の発展的統一のため合併契約を締結。

  • 1994

    CP事業を推進

    1990(平成2)年に重点指針として川下作戦の展開が謳われ、消費者向け商品(Consumer Products)を扱うことに。1994(平成6)年に発売された尾道健膳館シリーズの薬膳スープを突破口として徐々に事業を拡大していった。

  • 1990(平成1)年に重点指針として川下作戦の展開が謳われ、消費者向け商品(Consumer Products)を扱うことに。1994(平成1)年に発売された尾道健膳館シリーズの薬膳スープを突破口として徐々に事業を拡大していった。

  • MARUZEN 進化論 4
  • 価値共創の
    時代

  • 広島県芦品郡新市町(現・福山市新市町)にそれまで各工場に分散していた研究開発部門の集約が図られ、2000(平成12)年にまず基礎研究と企画系のグループ、翌2001(平成13)年に食品と薬粧の開発、品質保証のグループが合流することにより、丸善製薬の研究・開発が総合された「総合研究所」として新たに産声をあげた。

  • 2000

    総合研究所の設置

    広島県芦品郡新市町(現・福山市新市町)にそれまで各工場に分散していた研究開発部門の集約が図られ、2000(平成12)年にまず基礎研究と企画系のグループ、翌2001(平成13)年に食品と薬粧の開発、品質保証のグループが合流することにより、丸善製薬の研究・開発が総合された「総合研究所」として新たに産声をあげた。

  • 2001

    特販営業部を設立
    健康食品OEM事業への
    進出

    販社に直接提案を行っていたため、一部の販社から「末端製品に仕上げて納入してほしい」という要望が少しずつ入るようになっていた。市場での健康食品ブームもあり、特販営業部を新設。原料バルクとは異なり、社内のルールなどが何も整備されてない中でのスタート。苦労も多かったが、原料を採用するお客様の立場で原料を見た経験が、現在の丸善製薬の提案の中に生きている。

  • 2001

    特販営業部を設立
    健康食品OEM事業への
    進出

    販社に直接提案を行っていたため、一部の販社から「末端製品に仕上げて納入してほしい」という要望が少しずつ入るようになっていた。市場での健康食品ブームもあり、特販営業部を新設。原料バルクとは異なり、社内のルールなどが何も整備されてない中でのスタート。苦労も多かったが、原料を採用するお客様の立場で原料を見た経験が、現在の丸善製薬の提案の中に生きている。

  • 2000年代に入り生薬エキスの需要が伸びて行く中、尾道西工場は設備の老朽化とキャパシティ不足が目立ち始めたことから、尾道流通団地に新尾道工場を建設した。少量多品種生産を目指し「コンビニエンスファクトリー」というコンセプトを掲げた。

  • 2005

    新尾道工場竣工

    2000年代に入り生薬エキスの需要が伸びて行く中、尾道西工場は設備の老朽化とキャパシティ不足が目立ち始めたことから、尾道流通団地に新尾道工場を建設した。少量多品種生産を目指し「コンビニエンスファクトリー」というコンセプトを掲げた。

  • 2007

    丸善貿易(上海)有限公司の開設

    中国における販売と調達の両方を活性化させるため、新たな拠点づくりを検討。およそ半年の準備期間を経て、2007(平成19)年4月、上海市にて現地法人「丸善貿易(上海)有限公司」をスタートさせた。

  • 中国における販売と調達の両方を活性化させるため、新たな拠点づくりを検討。およそ半年の準備期間を経て、2007(平成19)年4月、上海市にて現地法人「丸善貿易(上海)有限公司」をスタートさせた。

  • 2001(平成13)年に発足した「グリーン作戦プロジェクト」で、植物エキスの抽出残渣の処理が重要なテーマと位置付けられた。そこで抽出残渣や汚泥を発酵させ、堆肥化して自社農場で有用植物を栽培する際に用いることができれば、植物エキスの抽出事業において循環サイクルを実現するという構想を打ち立て、2007(平成19)年に自社農地を確保し、久井ファームをスタートさせた。

  • 2007

    久井ファームの開設

    2001(平成13)年に発足した「グリーン作戦プロジェクト」で、植物エキスの抽出残渣の処理が重要なテーマと位置付けられた。そこで抽出残渣や汚泥を発酵させ、堆肥化して自社農場で有用植物を栽培する際に用いることができれば、植物エキスの抽出事業において循環サイクルを実現するという構想を打ち立て、2007(平成19)年に自社農地を確保し、久井ファームをスタートさせた。

  • 2016

    ブラックジンジャーの
    機能性表示食品届出受理

    「中高年の歩行機能の維持」の訴求内容で丸善製薬として初めて消費者庁への届出が受理された。その後も2018(平成30)年に「脂肪を消費しやすくする」、2019(平成31)年に「腹部の脂肪を減少する」内容で相次いで機能性表示が可能になり、ブラックジンジャーの今後さらなる広がりが期待される。

  • 「中高年の歩行機能の維持」の訴求内容で丸善製薬として初めて消費者庁への届出が受理された。その後も2018(平成30)年に「脂肪を消費しやすくする」、2019(平成31)年に「腹部の脂肪を減少する」内容で相次いで機能性表示が可能になり、ブラックジンジャーの今後さらなる広がりが期待される。

  • 世界で通用する化粧品原料を提供するという使命のもと、お客様に直接情報発信を行い、関係強化を図るため、初めて化粧品原料のセミナーを開催。前例のない取り組みのため、集客面などで不安があったが、「これからの化粧品を考える」というテーマに対し、多くのお客様がご参加いただき、大盛況となった。

  • 2016

    丸善化粧品セミナー
    初開催

    世界で通用する化粧品原料を提供するという使命のもと、お客様に直接情報発信を行い、関係強化を図るため、初めて化粧品原料のセミナーを開催。前例のない取り組みのため、集客面などで不安があったが、「これからの化粧品を考える」というテーマに対し、多くのお客様がご参加いただき、大盛況となった。

Greeting

「創立70周年にあたって」

 当社は1938(昭和13)年9月に広島県尾道の地で創業し、1949(昭和24)年7月13日に法人設立して以来、おかげさまで本年、創立70周年を迎えました。
 この間、日本の社会情勢の大きな変化や自然災害、世界的な景気変動など、幾多の困難を乗り越え70年の歴史を歩むことが出来ました。これはひとえに、お取引先様の長年にわたるご愛顧の賜物であり、またそれに応えてきた従業員の不断の努力の結実であります。この場をお借りして、お取引先の皆様、関係先の皆様、そして諸先輩方と現従業員の皆様にあらためて感謝を申し上げます。
 甘草の抽出で創業し、天然成分をキーワードに事業を拡大してきた弊社にとって、今日の世界に貢献できることは数多くあると考えています。しかし同時に社会環境の変化も加速度を高めており、コア技術に研鑽とイノベーションを重ね合せ、お客様のご要望にお応えするだけではなく、積極的にご提案できるような会社に変貌していく必要があると考えています。
 健やかな社会の一助になる原料の安定供給をお約束できるよう、全社一丸となって社業に邁進致しますので、今後ともご指導・ご鞭撻を賜りますようよろしくお願い申し上げます。 代表取締役 日暮 泰広

代表取締役 日暮 泰広

 当社は1938(昭和13)年9月に広島県尾道の地で創業し、1949(昭和24)年7月13日に法人設立して以来、おかげさまで本年、創立70周年を迎えました。
 この間、日本の社会情勢の大きな変化や自然災害、世界的な景気変動など、幾多の困難を乗り越え70年の歴史を歩むことが出来ました。これはひとえに、お取引先様の長年にわたるご愛顧の賜物であり、またそれに応えてきた従業員の不断の努力の結実であります。この場をお借りして、お取引先の皆様、関係先の皆様、そして諸先輩方と現従業員の皆様にあらためて感謝を申し上げます。
 甘草の抽出で創業し、天然成分をキーワードに事業を拡大してきた弊社にとって、今日の世界に貢献できることは数多くあると考えています。しかし同時に社会環境の変化も加速度を高めており、コア技術に研鑽とイノベーションを重ね合せ、お客様のご要望にお応えするだけではなく、

積極的にご提案できるような会社に変貌していく必要があると考えています。
 健やかな社会の一助になる原料の安定供給をお約束できるよう、全社一丸となって社業に邁進致しますので、今後ともご指導・ご鞭撻を賜りますようよろしくお願い申し上げます。 代表取締役 日暮 泰広

代表取締役 日暮 泰広

70th Anniversary Movie

創立70周年記念動画

70th Anniversary Logo design

70周年記念ロゴに込めた想い

70周年を単に記念すべき年というだけでなく、自社のことを見つめ直し、お客様との関係を再構築していくチャンスでもあると考え、その重要な機会を社内外にお伝えし、共に盛り上げていくために、周年を象徴するマークを作成しました。
デザインは、見慣れた丸善製薬のシンボルマークを「0」に見立てて使用。一般的な企業の周年マークでは自社のマークをこのように扱うことは稀ですが、私たちは常に自由な発想を持つ存在でありたいという思いを込めてユニークなデザイン表現を採用しました。
また、6つのカラーで構成されたカラフルな「7」の文字は華やかに盛り上げるだけでなく、弊社の6本部がより一層力を合わせて新たな未来を築いていくことを示しています。
このマークをシンボルに周年事業を推進してまいります。

70th Anniversary Logo

70th Anniversary Fragrance

丸善の香り
AUTRE CIEL について

日本遺産「尾道」の地で創業した当社が創立70周年を迎えるにあたり、甘草の抽出で創業し、天然成分をキーワードとする当社の未来への願いを込めて作り上げたのが丸善の香り
AUTRE CIEL(オートル シエル)です。
英語でAnother Skyを意味するAUTRE CIELは、甘草の産地であるシルクロード他、数々の原料植物の産地を想い、また当社がこれから歩むべき道をイメージして、尾道水道の煌めく水面と重ね合せました。
お客様にとっても尾道の情景と当社を思い出していただける香りでありたいと願っています。